2018年02月13日

パルティアン・ショット。

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パルティアン・ショットといえば、世界史Bの資料集に銅像の写真とともにのっていました。
いわく、中央アジアを中心に活躍する北方騎馬民族の秘技。
この技術をもって、ヨーロッパを、そして世界を蹂躙したのだと。

パルティアン・ショット。
直訳すれば、パルティア人の弓術とでもいうのでしょうか。
彼らは疾走する馬の上から、真後ろを向いて弓を打ち続けたということです。
さらに驚くのは、その時代まだ馬の鐙はなく、ほぼ裸馬を操っていたそうです。

写真の弓は、モンゴル弓。
実際にモンゴルで仕事をしている友人が、自ら持ち運んできてくれたものです。
日本がまだ梓弓(一種類の素材のみで作る弓)の時代のずっと前から合板弓(複数の素材を組み合わせた弓)を運用していました。
実際扱ってみると現在の日本の弓(合板弓)とくらべて全く別物であることが分かります。
posted by 三国 at 15:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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