2018年12月28日

我が家の先祖。

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毎年恒例で、今年も門松の設置です。
いつもいつも、シンプルに身の丈に合ったサイズにと思っているのですがつい大きめに見栄を張って作ってしまいます。
ホームセンターに行くと門松セットが結構なお値段で売られているため、つい大きく作れば作るほど得をした気分になってしまいます。
たぶん私の生まれと育ちの悪さでしょう。

てなわけで私のご先祖様のお話。

門松って、諸説あるも江戸城で飾られたものなんだそうです。
武田(竹)の頭を落として松(松平・徳川)を栄えさす。
という、まあいってみればオヤジギャグみたいなもんです。
当時はそんな語呂合わせみたいなのが縁起担ぎに使われたんですね。

実は、愛知県瀬戸市には武田信玄のお墓があります。
ほとんどのひとは、「またまた〜」といわゆるトンデモご当地名所と思うと思いますが、
一部の歴史好きは、「おっ!」と思われるでしょう。

わが加藤家は実は分家の分家、本家は若尾性を名乗る一族の出です。
この若尾家じつは武田信玄の遺臣です。
信玄公が京に上る際、先遣隊として瀬戸辺りまで押し出していたところ、
ご存知のように信玄公が志半ばで倒れ甲府に引きかえしてしまったところ、なんとそのまま置いて行かれてしまった一族なのです。
その後若尾一族をはじめ取り残された人々は、自分たちの大将たる信玄公のお墓を設け、その死を悼んだというわけです。
いまでも、甲州のほうへ行くと若尾性が多いそうです。
そのご、なんやかんやあったのちご先祖さんたちは武士に向いていないことを悟り、陶器を扱う商人になるのです。

むっ?ということはなんでしょう?うちは門松飾ってはいけないのか?
あれっ、あれっ?
どういうことになるのでしょう?

posted by 三国 at 21:17| Comment(0) | 三国山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする